小さな発見

   

                         

               自然の大切さを知って...   

                                

  

 

    華麗な花々の中でひときわ輝きを見せていました。

    

 この別子銅山のことを調べに行き銅山のことを今よりさらに知ることができました。

 銅山の災害のことは学んでいましたが、現地に赴くことでより身近に感じ、このために犠牲になってしまった故人に冥福をお祈りました。

 このホームページを御覧になった方々に繁栄の中にある悲劇も知ってもらい、別子銅山を支えていた人たちの生き方も一緒に感じてもらいたいと思いました。

 また山の中に入って感じたことは、市街から見る山々は美しくきれいに見えますが、実際に触れてみた山々の自然は美しいだけではありませんでした。

 広大な自然の中に流れる川の音や、茂っている木々が風に吹かれてかもし出す香りは、私たちに安らぎを与え、疲れを癒してくれるものでした。

 今回の調査に行き、改めて多くの発見があり、その中でも特に、自然の真の美しさ、広大さ偉大さ、そして大切さを学び、私たちがこの自然を守っていかなければらないと思いました。       

                          

                  本田 規朗

   

 別子銅山の史跡巡りに参加して 

 

 

 

    

 僕は、先輩達と一緒に10月10日に別子銅山の史跡調査に参加しました。

 史跡を肌で感じることで別子銅山で働く坑夫の皆さんがどんな思いで銅を採掘したり、運んだりしていたのかを今思うとどんなに大変だったろうかと思います。

 それに、別子銅山内で起こった災害の犠牲になった方々に改めて黙とうを捧げたい気持ちです。それは、現在の私たちの故郷の基礎を築き上げてくれた方だからです。

 その人たちの思いをこのホームページで少しでも感じ取っていただければうれしいです。

  

  

     

                   竹内教朗

  

       別子の山道に咲き開くりんどうの花

            

別子の山を登ってみて...

  

 

 

 厳しい労働の中でひとときの安らぎを与えてくれたのだろう

 

   

   

 この度、別子銅山に登っていろいろなところを廻って見て、山ずたいの道によく建物を造って住んでいられると思った。

 これら石段の一つ一つや石垣は人の力によって築き上げられている。

 当時の人たちがどんな思いでどれだけの労力を使ってこれらのものを作っていったのだろう。道も現代のように舗装された平たんなものではない。

 それに、採掘された銅鉱石の運搬作業も無理をしてやっていたはずなので、私達が見学したときよりもっとひどい道で作業をしていたのだろう。

 今、自分の生活を思い返し、少しでも別子の人々の生き方を見習っていきたいと思う。

     

   

               

                ito hirotaka

   

取材を通して学んだこと

 

               

   

 今回、別子銅山の歴史をホームページにまとめる目的のため、別子銅山のハイキングコースを登りました。

 自分たちの住んでいる場所に、世界的にも有名な別子銅山の遺跡があることは知っていましたが、今でも本当に残っているのか、半信半疑の気持ちでいました。

 しかし、残っていた遺跡などを一度眼にすると気持ちが舞い上がってしまいました。 

 普段の生活の中だけでは体験できない数々の出会いが、今までの自分自身の生活リズムまでをも変えてしまうような衝撃を感じました。

 今は、再びこの地へ訪れることを夢見て、取材結果をまとめています。

 当時の人々の生活や苦労、そして、緑多き山々の自然もあわせて感じ取って、もらえるとうれしいです。

 3年間学校紹介のホームページを作成してきた中で、一番の思い出となりました。

 今回の調査後も、このホームページを充実させるため、マイントピア別子、東平などにも何度も足を運び、地元の方にお話を聞くなど、多くの資料を収集しました。

 後輩諸君には、歴史的価値も高い、別子銅山のホームページのさらなる充実に努めて欲しいと思います。

 そして、さらに完成度を上げ、多くの方に参考としていただけるようなページになるよう期待しています。

   

                                         

                  黒田 貢

 

     山道の片隅にも別子の面影が眠っていました。