観光ボランティアガイド養成学習講座

『わたしの見たソブリン・ヒル鉱山』

講師 観光ボランティアガイド 白籏愛一先生

 

平成13年4月19日(木)
場所 新居浜市市民文化センター
時間 19:00〜21:00

 

 平成13年度の初めての観光ボランティアガイド養成学習講座に参加しました。

 年度も変わり新たな気持ちで頑張りたいと思っています。

講師:白籏愛一さん ソブリンヒル鉱山入口の看板です
 講師:白籏愛一さん  ソブリンヒル鉱山入口の看板です

 白籏愛一さん新居浜市議会の議員さんをお務めです。

 今日は、平成5年(1993)8月オーストラリアビクトリア州にあるソブリン・ヒル鉱山を訪れたときのお話をして下さいました。

「バララット市」 

 メルボルンに近く、北西へ112q、人口約7万人の商工業を中心として町です。

 先住民であるアボリジの言葉で《野営地》(テント村)という意味だそうで大阪府の伊根川町と姉妹都市だそうです。

 1851〜1861年の10年ほどの間、金鉱山の町として栄え、ゴールドラッシュとなりました。

 各地から金を採取する人々が町にやってきて、これまで住んでいなかった土地にテントを張り、住みつき、必死に砂金を採るようになりました。

 1850年代、金を探しに来ていた中国人が町の人口の4分の1を占めるようになりました。

「ソブリン・ヒル」

 ソプリン・ヒルはバラットの市街地に近く、小高い山にあり敷地は約5万坪。

 約10年間の鉱山の様子や当時栄えたバララットの町の様子を再現している観光施設です。

 1970年(昭和45年)にオープンしました。

 そして、この施設はマイントピア別子の端出場ゾーンを建設する際の参考にされています。

施設内の様子は

 採鉱に使用した機器があちこち設置され巻き上げ機などは馬力を動力に今でも動かしてみせていたり、町の再現などもおこなわりています。

 砂金取りの体験コーナーがあり、マイントピア別子と違って砂金取りは、なかなか見つからないそうです。
 でも、1851年から数年後は2万人だった人口が4万人にもなったということで、当時はかなりの砂金が採取できていたんだろう。

 他にも、ゴールドミュージアムという施設があり、金鉱山跡の向かい側にあり、金のかたまりや金の首飾り、コインなどが展示されているとのことでした。

 日本とオーストラリアとの違いは、お金と人の使い方だそうです。

 日本はどちらかというとお金をたくさん使って綺麗につくろうとしていますが、ソプリン・ヒルでは、当時のものを修理しながら、そのまま使っています。
 また、たくさんのボランティアの人が当時の服装になり習慣も再現してガイドしてくれるそうです。

 これから、観光ボランティアガイドは、どう変わるのでしょうか?

 その他、佐渡金山足尾銀山の話もしていただきました。

 別子銅山の勉強をはじめ、いろいろなことに興味を持てるようになりました。

 いつか行ってみたいと思いました。

 海外に行く前に日本国内の近代化産業遺産も巡ってみたいです。

 

黒田美樹

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